2015年7月31日金曜日

本日の魔法の呪文 83


"普段の自分なら決してしないような行動を取るとき、
それは、もしかしたら、非常に抑圧した人の感情を、
あなたがかわりに解放していたのかもしれません。
の場の気まずい雰囲気を、
あなたの笑いが吹き飛ばしたのかもしれません。
または、パンパンにふくらんだ風船のように押し込められた感情が、
あなたを通して爆発したのかもしれません。"

エンパシー  ローズ・ローズトゥリー 埴原由美訳 P83より抜粋

ある場において、挙動不審なふるまいをする人があらわれたとき、
それはただその人が独り狂っているわけではない。
たいてい、その場全体が持つ歪みを、敏感な体質であるその人が代わりに、
癌細胞のように全部吸い込んで大げさにふるまってくれているだけ。

びっくりするような残虐な事件も、
たいていは、渦巻いていたエネルギーをその人がたまたま体現してくれただけ、ということ。
戦争なんかは、それが大がかりに起こって、大規模に浄化が必要な証だとわたしは思う。

ローズさんのこのエピソードと同じような話は、
微細なレベルから、かなり激しいレベルまで、
日常的にそこらじゅうで発生している。

そういう場面に遭遇したにもかかわらず、
とかげのしっぽ切りのような対応をし続ければし続けるほど、
その歪みのつけは、自分で払うことになる。

しっぽを切らずにかかわる方が、結果的に守られることになる。
大きな問題に雪だるまのように膨れ上がる前にストップをかけることができる。

わざわざ、自分から武器をふりまわすことをしなくても、
宇宙が味方をしてくれるようになる。

2015年7月30日木曜日

本日の魔法の呪文 82



"丸太という円から切り出した角材は正方形だった。
それは丸太を無駄なく、最も合理的に利用するために見出した形だった。
自然の恵みである樹木は有限の存在である。
その有限の中に、日本人は無限なるものをみていた。"

雪月花の数学 桜井進 P55より抜粋

日月神示でも、〇の中に□だ、という一節があるけれど、
白銀比(1: √2 )は、丸太から効率よく角材を切り出すときの方法論。
円の直径が、角材の対角線になるとき、対角線が√2となる。

桜沢さんの陰陽論においても、
第一世界と、第二・第三世界の対比が言及されているが、
第二・第三世界の有限をわきまえることなくして、
第一世界の豊かさを味わうことはできない。


逆にいうならば、第一世界の豊かさ=愛の世界を知らない人は、
第二・第三世界の有限の世界で、足るを知ることは永遠に無理。

愛の世界を知らなくても、あるのではないか、と信じてみる強さ。
何の保証も見返りもお得感もなくても信じてみることができた人だけ、
次の世界が開ける。

どういう境遇の人ならやりやすい、というのはほんとないよなぁと思う。
富む人も貧しい人も、病める人も健やかなる人も、
信じる気がないならみんな同じこと。。。

2015年7月29日水曜日

本日の魔法の呪文 81


" 私が学んだのは、
私の感情的な苦しみは決して他の人のせいではないということです。
それは私の夫のせいでも、子供のせいでも、
両親、友達、あるいは雑貨店で出会う誰かのせいでもないのです。
それはいつも私にだけかかわることなのです。
他の誰かが何を考え、何をしようとも、
それは私には関わりのないことです。
それはつねに彼ら自身のことです。
何という信じがたい安らぎ!"

四つの約束 コンパニオンブック ドン・ミゲル・ルイス 大野龍一訳  P208 より抜粋

自分の内側にある平穏は、誰にも奪われずいつもそこにある、
ということを忘れないこと。

そのことを忘れなければ、よくわからないまま受け取ってしまったトランプのババを、
そのまま誰かにおしつけ、それが永遠に循環してしまうような
悲しい連鎖を止めることができる。

チェーンメールというのは最近もうあまりきかなくなったけど、
たくさんの人に回さないと自分が呪われる、といった、
あのババ抜き感覚が、世の中の意味不明な争いの根源だと思う。

いくらそこに呪いのエネルギーが込められていようが、
こちらが受け取らなければ、それはそのまま通過していく。
過去に受け取ってしまったものも、自分で解除すればいい。


ババに付加されている意味を消去し、
むやみに次に回すのを自分で止めることができれば、
誰よりも自分が一番安らぐ。

2015年7月28日火曜日

本日の魔法の呪文 80


"心地よいと感じるよりも少しでも速く動いているのに気づいたら、
その背後に何がひそんでいるか確かめてみよう。
学校で「速ければ速いほどよい」と教わらなかっただろうか?
仕事や日常生活での圧迫感から、
なにごとも速くすませるようになってしまったのだろうか?
その時、どんな感じがするだろうか?"

近視は治る ジェイコブ・リバーマン著  飯村大助 訳   無理なく学ぶ方法 P292より抜粋



速く動くことに慣れすぎている。
何か違うなと思っても、動かないで立ち止まることはほんとうに勇気がいる。

立ち止まって、速さを放棄したとき、
一瞬、まわりから置いて行かれてしまったかのような錯覚に陥る。
不安や恐怖が渦巻く。

けれどそれらは単なるがらんどうの幻想。
いろいろな不穏な気持ちが渦巻くまま、そのまま内なる目を凝らし続けていると、
だんだんと自分との同期が取れてくる。

不穏だったのは、速く動きすぎて、自分と切り離されていたから。

2015年7月27日月曜日

本日の魔法の呪文 79



"直観的な正しさとは、横揺れ(横方向の加速=動揺)に対して、
柔らかく姿勢を保つということだ。
平衡感覚は一つの現実感であり、
これが失われて、めまいがするような状態では人は不安になる。
平衡感覚の安定は、不安定な現実感(乖離的意識)を安定の方向に導いてくれるものだ。
(略)


「飲み込めない(納得できない)」という消化器的反応は、
何かよくわからないけど感覚的に違和感が残るということにつながる。
こういう身体的直感は無視しないほうがいい。"

片山洋次郎 ユルかしこい身体になる P221より抜粋


腸が長いということは、
それだけ直感を担う領域が繊細で奥深いということだと思う。
なのに、それを鈍らせるような食生活ばかりを好んでいると、
腸が短い人々よりも、
ひどい勢いで直感が鈍る。

直感が鈍ったことで困った体験をしたことがない人は、
徹底的に困るところまで突き進むしかないのだろうな。

わたし自身も、振り返ってみると、徹底的に困るところまで行ったから反転した。
困ってない人に、この話をしたって、馬の耳に念仏。











2015年7月26日日曜日

本日の魔法の呪文 78



"肉体の感覚を満喫している人々は私を哀れみますが、
それは私の生活の中に私が喜んで住んでいる黄金の部屋がある
ということを知らないからであります。
なぜならば、私の行く手は彼らには暗黒のように見えますが、
実はその反対に心の中に魔法の光を宿しているからであります。"

ヘレン・ケラー 岩橋武夫 訳 わたしの生涯 P453より抜粋

ヘレン・ケラーの世界観は、
赤毛のアンの世界観に近いなと思って読んでいた。

わたしがパリに旅したとき、
建造物や彫像などにあまり興味を示さない私に対して、
同行した友人に「アワポンは何も見てない」とどやされたことを今でも忘れないが、
ヘレン・ケラーやアンが感知している世界の豊かさを、逆に言えばその友人をはじめ、
多くの五感に閉じ込められている人々は知らないのだ。

そのことを、最近あらためて、
いろいろなかたちで確認することが続いている。
その領域を、一切「なかったこと」にして生きている人々と、
わたしは世界を分かち合うことはできない。

2015年7月25日土曜日

本日の魔法の呪文 77



"江戸時代、鎖国で内に籠ったことがむしろそれまでになかった日本文化の成熟につながりました。グローバル社会といわれる現代においても、こうした内へ籠って発酵するエネルギーが、まったく新しい文化を生み出すかもしれません。"

日本画 名作から読み解く技法の謎 東京芸術大学大学院 保存修復日本画研究室/監修
P196より抜粋


自分の目指すイメージに近づく、
論理的で明確な、フローチャートのような道筋というのはほんとうにないなぁと思う。
あきらめて、とりあえず、日々やれることをやり続けて、
そしてあるときふっとひらめいたことをそのまま実行したときに、
びっくりするくらい、描いていたイメージがそのまま具現化されることがある。

今日は友人から、マヤの時間をはずした日と天神祭が同じ日っておもしろいね、
というコメント付きで、素敵な虹の写真をいただいた。

そしてまた、ひょんなことから素敵な友人がまたひとり新しく増えた。

毎年7月25日は、わたしにとって因縁めいている。

今年はほんと、いろんな意味で集大成。
気合いいれて、本気出していくのだ。