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2015年6月29日月曜日

本日の魔法の呪文 51


"「古代人」たちは、自分たちの心の浮かんだ考えを、
無意識のままに、
石や木や風景や身振りや声や聖地のかたちをとおして、表現しようとした。
文字記録の場合にはゆがんで表現されていることが、
自然物をとおして素直にあらわされているのである。
そこで、「古代人」たちの心を探ろうとするものは、
文字記録以外のもののなかに、
重要な情報源を見いだすことができなければならない。"

古代から来た未来人 折口信夫  中沢新一  ちくまプリマー新書 P16より抜粋


文字の限界は、それぞれが、自分が生きてきたストーリーに基づいて、
言葉とイメージをむすびつけており、文字によって連想され喚起されるイメージが、
下手すると人によってまったく反対の意味を持つことがあるところにある。

だから、人と人がわかりあおうとするときに、
ひとつの文字を掲げその下に集うことよりも、
ありとあらゆる雑多な世界に生きながら、そこに似たストーリーを見いだす力を持つ人同士が
つながる方が、本来なのだよな、といつも思う。

文字にしがみついている人は、
その文字が説明している事象そのものがそこに転がっていても
目に入らず「ああ、この理想の世界があったらなぁ」なんてほざく羽目になるのでした。

わたしも文化に毒されて生きてきたのは間違いないから、
日常の中でまだまだたくさん、この「ほざく羽目」になっているはず。
それをひとつひとつはずすのだ。

それが究極の自分育てではないかなぁ?

2015年6月27日土曜日

本日の魔法の呪文 49


"自然智(Natural Wisdom)は見かけはおそろしく単純だが、
あらゆる領域の事物にまで深く及んでいく浸透力を持っている。
折口信夫はそこに単純にして明確で、
あらゆる領域にまで汎用性を持つ一つの根本原理を探し出し、
それを日本人の未来の生活を支えていく素型まで高めていくことを考えていた。
終戦直後にそのことを理解できた人は、
おそらく彼のほかには誰もいなかっただろう。"

古代から来た未来人 折口信夫  中沢新一 ちくまプリマー新書 P131より抜粋


記号化する、
そのきわきわの前段階をになう神様はムスビの神さま、ということになるらしい。
最終的に、
折口信夫がそこの大切さを説いていた、
という話がわかりやすく説明されていて、
非常に腑に落ちました。


まさに、これから目指していく在り方は、
折口信夫が見据えていたビジョンそのものじゃないか、
ということをわたしもはっきり自覚していて、
その内容のあまりに綺麗なシンクロ加減にぞくぞくしています。

間違いなく、こっちであってる!

2015年6月24日水曜日

本日の魔法の呪文 46


"戦後に誕生した新興宗教の教祖のうちの何人かが、
ラジオ商を営んでいたことは、
一般にはあまり知られてはいない事実であるが、
ここには人の「たましい」と電磁波との興味深い関係が、
あからさまにしめされている。"

アースダイバー 中沢新一  P208  より抜粋

最近大阪版のアースダイバーも出ているので、
こっちも読んでみたいのですけど、
とりあえずみつけたのが東京版だったので読んでみた。

東京は何度か出かけたことがあるので、
土地が持つエネルギーと、縄文地図を照らし合わせた解説に
いろいろ納得する。

中沢さんの語り口が好きな理由は、
360度死角なく、きれいごとだけでない状態で世界をとらえているからなのだけど、
つくづく、東京という町、そして今の経済至上主義の状態が手に入れた
自由と豊かさ、というものが何に根ざしているか、
ということがよくわかる一冊だった。

それはそうなのだけど、
ここで語られている「自由」というものと、
わたしが常に念頭においており、感じているかろやかであたたかで、
冬の寒さのもつ厳しさにも似た「自由」というものは、
かなり質感が違うように思う。

うまく説明できないけど、ここで語られている「自由」は、
ほんとうの意味での自由でないが故にはらんでいるいろんな問題がある。

どっちかというと、御供えや犠牲あってこその自由の世界。
旧約聖書の世界なんですよね、今の東京は。
脅しがベースというか。

そのあたりのもやもやと、
霊の合理化問題、その延長にある電磁波を利用した今の暮らし、その弊害、
全部つながっているように思う。

今の暮らしの在り方をひっくりかえすわけにはいかないけれども、
ないと生きられない、とパニックになるのかならないのか。
このあたり大きな分かれ目。

2015年6月20日土曜日

本日の魔法の呪文 42



" スポーツとか、芸能の原型を考えていくと、
「三位一体モデル」発明の前の段階が気になるんです。
世界宗教に発展していったキリスト教の「三位一体モデル」が、
思考モデルとしてすばらしいツールだったということはわかるのですが、
その前の「三位一体モデル」のない時代の、
安定と不安定について、
けっこう知りたくなってくるんです。"

中沢新一 三位一体モデル TRINITY  P91
「三位一体モデル」を先に読んだ人たちの座談会 くま崎さんの発言 より抜粋

ここで書かれている「前の段階」、というものが、
これからの未来の在り方ととてもリンクしているように思う。

一見未来のやり方、新しいやり方ですよ、という風にみせかけておいて、
それは単にまた別の「三位一体モデル」の再生産でしかないことはとても多い。

態様として、このモデルに一切かかわらず生きることは不可能だけれども、
どういうスタンスでかかわるか、にシビアに生きることで、
新しい未来の在り方にじわじわつながっていく、と強く感じている。

2015年6月19日金曜日

本日の魔法の呪文 41


"そもそも「霊」に関わることは、
ギャンブルのように不安定な側面が強いのです。
しかし、ある時期から、
これを安定したシステムに変えてしまおうとする人たちが出てきました。
たとえば、中国の四柱推命などが典型的なのですが、
占いをシステマティックに合理化してしまおうとしたんですね。
ですから、いま流行の占星術などの占いは、
霊の意思を聞くという行為の、合理化の果てと言っていい。"

三位一体モデルTRINITY  中沢新一  P49より抜粋


合理化の果て。

合理化するときに、そこからこぼれおちるものについて理解したければ、
自分が一度何かを合理化してみるとよくわかります。
他人(専門家)が合理化してくれた結果、を消費者として買う側でいる限り、
いったい何が失われているのかに気づけません。

「合理化」を代わりにやってあげよう、ということが、
世の中の消費システム、サービスの核になっています。

合理化を代わりにやってもらった故、そのブラックボックスに対する不安は消えず、
それを埋めるために稼ぎ、また買わなければなりません。

学びとは本来、自分で混沌としたものを整然ととらえること。
自分で世界を自分流に合理化することが学び。
だから、本来、経済至上主義と教育は水と油なのだ。

本の巻末についていた対談の中でも指摘されていたが、
そこにうまく入り込んでやっているのが
予備校のような形態。

見た目が美しいオルタナティブ教育もみんなそうだ。
うちの近くの美味しいベジ料理の店も、本体は塾で、
塾の生徒の食をその料理店が担うというすごい経営システムになっている。

確かにこの三位一体の循環がとどこおりなくなる、という意味で、
こういった形に加担することはそれでひとつの在り方だろう。

「父」の役割をとりもどせば、この循環がまた機能するようになって
日本はよくなるだろう、というのが今の政治の流れだろう。

けれど、今のわたしにとって、
この三位一体モデルは「ごっこ遊び」にしか思えない。

2015年6月18日木曜日

本日の魔法の呪文 40



"すでにお気づきのように、先ほどから「霊」の動きを、
「貨幣」の動きとパラレルに話しています。
より正確に言うと、「資本」の動きですね。
そのわけは、資本と呼ばれる貨幣と、
心の中の霊とは、じつによく似た動き方をするからなのです。
P70

とりわけ、混乱する現代の資本主義経済を健全なものにしていくためには、
「霊」の部分が増殖し、
ゆがんでしまった「三位一体」の構造を、
本来の正しいかたちに戻していく、
の方策を見つけていかなければなりません。
そのとき、この「霊」の問題ととくに深い関わりを持っているのが、
「情報」に関わっている人、
「経済」に関わっている人、
「広告」に関わっている人・・・・などの人たちです。
なぜなら、それらの人たちは、
ほかならぬ「価値増殖」に関係しているからです。 P80"

三位一体モデルTRINITY  中沢新一 より 抜粋


中沢新一さんの視点はいつも、
そうそうそう、
と納得できるものが多く、
ひとりで古典を読んでもわからないような内容を
わかりやすく説明してくださっているので、非常に腑に落ちます。

この「霊(心)」と「貨幣」の問題は、ここ10年くらいずっとずっと向き合ってきた問題です。
そのおかげで、
普通の人がどうしてもうまくいかず悩む領域で、
一切悩まなくなり、
反対に、
普通の人が普通にやれてしまうことが一切できなくなる、
というなんとも、
羨ましがられるのかあきれられるのかよくわからない境地に達しております(笑)

三位一体モデルについての説明を、
わたしの言葉でいいかえることができなさそうなので、興味がある方は
直接本にあたってもらえればと思うのですが、
前々から、エネルゲイア領域(気の領域)は∞であり、
キネシス領域(物質・肉体領域)は有限であるはずなのに、
これを反転させるとおかしくなるよなぁと思っていたことと
ほとんど矛盾しない話です。
(桜沢さんの陰陽論の話でも同じ指摘があります)

RGBとCMYKの話にも通じる。


さていったいどう生きていこう(笑)