2015年9月15日火曜日
本日の魔法の呪文 121
"インドの月神チャンドラは女神ではなく男神ですが、豊穣の神です。
ヒンドゥー教の創造神話「乳海攪拌」の時に生まれました。この月神
の名前チャンドラCandraは、サンスクリットで「月」の意です。時代が経つと、月の神は「ソーマ」と言われる神となります。
(略)
やがて月が水のコントロール(潮汐現象)に関係することから「月の神」と結びつくことになったようです。いつしかこれらが同一化され、チャンドラはソーマと同一神とみなされるようになりました。"
月の光で野菜を育てる 永田葉子 木谷美咲 P38より抜粋
チャンドラといえば、インド映画のミモラで、
満月の夜にアイシュワリヤ・ラーイが舞い踊る美しい映像を思いだすのだけど、
月が水のコントロールをになっているというポイント、
ごくごくあたりまえの話なのだけど、このことの大きさについてあらためていろいろ思う。
重力=引力+遠心力
重力は、赤道で最小、極で最大、
遠心力は、赤道で最大、極で最小
この問題と、憑依現象みたいなものと、潮の満ち引きみたいなものは、
かなり関連しているのではないかなぁと直感的に思う。
月の呪縛とは、体内の水分量の変化により、感情が翻弄され、気分に流されて生きてしまうということとほぼ同義だろう。
月関連の占いやらセラピーやら、そういったものがはたらきかけるのは肉体と、原始的な感情領域。人間らしい高次の意識状態は、むしろ月から自由にならないと無理。
重力と遠心力、陰陽論でいうならば陽性と陰性のエネルギーとも言えるのだけど、
物質領域での力が最大限に満ちている空間では、
まさに高次の意識状態がほんとうにないがしろにされる。
だからこそ、そういう空間に携わることで学ぶこと、鍛えられることもたくさんある。
今の職場は超重いものを扱う仕事なのだけど、そうでありながらも、
筋肉まかせになってしまわないでいることは、ほんとうにおもしろい。
2015年9月12日土曜日
本日の魔法の呪文 118
"ナメクジたちは、その畑から墓場のような雰囲気を払拭するのを手伝おうと、やってきてくれるのです。そして昔のようにナメクジが少ししかいない、調和のとれた環境を再生するには、何年もかかることが少なくありません。"
マリア・トゥーンの天体エネルギー栽培法 P92より抜粋
土地や天体の力を最大限に利用し、
それに沿ったかたちで自然に作物が実りやすくするというのは確かにそうなのだけど、
さらにそれを越えて、
農業に従事している人の個性が作物におおいに影響する段階があるのはほんとうに不思議。
アナスタシアの畑のやり方もそうだし、
土地としては劣悪な環境なのに豊作になったというフィンドホーンの話、
それからりんごの木村さんが、りんごの木にいつも話しかけているということ、
これらの、人間が自然の一部であり、
それぞれの個性というものと環境は相互に影響し合う、
ということにもっと自覚的になったらおもしろいのになぁと思う。
畑やガーデニングといった場面だけでなく、
日常的に都会で暮らしていても、この環境と人との相互作用というものは必ず起こっていて、
気象に強く影響を及ぼしている。
家について、屋根の下に入ったり、洗濯物をとりこんだ瞬間に雨がざーっと降り始める、といったこともきっと、個人の念と気象との関連があるとわたしは思っている。
月の影響に翻弄されっぱなしであるということは、
パラサイトに翻弄されたままであることときっと同義だろうと思うけど、
そこから抜けたとき、どれだけエネルギーを吸われていたか、自分を抑えつけることに自らエネルギーを使っていたかに気づくと言われている。
意志を持って生きるというけれど、
この墓場のような雰囲気を払拭してくれよう、と外部から自然に課題がやってきたとき、
その課題から逃げ回り、墓場を温存しようと強烈な力を注ぎ込むようなことをやらかしてないだろうか?
神は乞食の格好をしてやってくる、という比喩があるけど、
外部からやってくるようにみえる、パラサイトに打ち勝つためのトリガーは、
たいてい自分にとって苦虫をかみつぶすようなものであることが多い。
そのトリガーにちゃんと向き合うことができたら、
ナメクジを永遠に駆除しつづけるような人生から脱することができるのだと思う。
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