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2015年6月17日水曜日

本日の魔法の呪文 39



"タロどの
お前が展覧会へ出すに就ておとうさん大よろこびですよ。
よかれ、あしかれ、仕事を積み上げて行くんですね、
空想や計劃ばかりでなく現実的にね。
みとめられようががられまいがそれが動機で画が出来て行くものね。
しかし、なるべく迎合しないようサロンに左右せられないもので出色しなさい。
とにかくピカソの精神がわかればあとは実行があるばかりです。"

精選女性随筆集四 有吉佐和子 岡本かの子/ 川上弘美 選
岡本かの子 「東京から巴里への書簡」より抜粋


岡本かの子は、岡本太郎のお母さんだったのか。今更知りました。


子育てと自分育ては、
どちらも本質としてまったく同じだと思っているのだけど、
わたしたちにずっと欠けてきたものは、
この、根拠もないし保証もないけど信じているよ、応援しているよ、
というあたたかいエネルギーなのだ。


こんな風に素晴らしい寛大さで見守ってもらえることは、
実際なかなかないと思う。
だからといって、
自分もまわりに腹いせに仕返しをするような生き方だけはしたくないのだ。


信頼されたことがない人が信頼しはじめる、
というこの転換点を乗り切ることは
かなりきつい。


けれどその気になれば、
いろいろなところにあたたかい励ましのエネルギーはある。
わたしがそこにつながる気をもてば、どこにでもあるのだ。


そうやって、いったん壁を越えれば、
そこをクリアしたからこその世界がある。


その予感をひしひしと感じながらも、
今は踏ん張って自分でやりとげなくちゃモード。

2015年5月23日土曜日

本日の魔法の呪文 14


"後年、伊太利イタリアフローレンスで「花のサンタマリア寺」を見た。
あらゆる色彩の大理石を蒐めて建てたこの寺院は、
陽に当ると鉱物でありながら花の肌になる。
寺でありながら花である。
死にして生、そこに芳烈な匂いさえも感ぜられる。
私は、心理の共感性作用を基調にするこの歴史上の芸術の証明により、
自分の特異性に普遍性を見出みいだして、
ほぼ生きるに堪たえると心を決した。
 ――人は悩なやましくとも芸術によって救われよう――と。"

岡本かの子 桃のある風景 より


彷徨うということは、答えを探すというより、
問いを探しているのかも。

そんなことを思ったときに、
無造作に、大量に、問いがたくさん羅列されていて、
それを次々片づけていく、ということは、
たくさん作業しているようでいて、
ほんとうはなにも片づいていないのかも、なんて。