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2015年11月9日月曜日

本日の魔法の呪文 131



"憤怒の国の苦悶は、その君主の自己性の母であり、彼の神である。今や彼はその神が欲することをなさねばならない。かくして彼は善の敵である。というのも、愛は彼にとって毒であり、殺すものだからである。たとえ彼が聖なる力をもって光のうちに座するとも、やはり彼はただ毒の苦悶を自分のうちへ引きこむばかりであろう。
実際、毒の苦しみが彼の生命と自然であるであろう。ちょうど、蛙を砂糖壺に入れてみても、蛙はそこから毒ばかりを引出し、砂糖を毒にするのと同じである。"

ベーメ小論集  恩寵の選び(部分訳)-(助言-第5章) より抜粋  P216

このことを、裏返しに味わう、ということを、ずっと今までやり続けて生きてきたなぁと思う。
元素転換が、いちばんきめこまかく行われているのは、心の中なのだ。
そして、そこで転換できているならば、何も心配はいらなくて。


2015年11月3日火曜日

本日の魔法の呪文 129


"この闇の世界のうちで、悪魔は自分が一つの神であると勝手に思い込み、これらの要素とともに、虚偽というその忠実な子によって、地上を統治する。虚偽は最初は着飾った子猫のようであり、口ではうまい言葉をかけるが、いつでも鼠をねらっている。この子猫は鼠をすばやく捕えることができ、それが焼肉を悪魔のところへもっていくことができるとき、それはどんなに嬉しそうであることか。これらの四つの要素によって、人間は取り囲まれ、この偽りの王の国を楢(すみか)にするが、これらの要素は四六時中、人間の心に向けて狙いを定め、その高貴な像を殺害しようとする。人間はこれらの要素に抗してつねに闘わねばならない。というのも、それらは彼のもとに、また彼のうちに泊り込み、たえず彼に突っかかり、彼の最上の宝物を潰滅させようとするからである。"

ベーメ小論集 ヤーコプ・ベーメ P132より抜粋


悪魔、という言葉を使ってしまうと、反射的に固定観念のイメージがばっとわきおこるので、わたしはあまり使いたくないのだけど、要は、多様性を阻害したがる存在が自分の中で幅をきかせてしまうことは危険だ、という話なのだろうな。

人間は、比喩ではなくほんとに、光っている、光のかたまりだと思う。
どんな人でも、微かにでも光ってるから生きてるんだ。

それを鈍らせようとする力に、自分で何か捧げ物をしてつけこませることを、
やりつづけたいのかどうなのか。