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2015年8月21日金曜日

本日の魔法の呪文 101



"革命が起こるときというのは、本当にごく少数から始まるものです。多くの人は、革命は支持しても今までの慣れた状態を維持したいわけです。ですからある程度のところで、「もうやめようよ」もういいよ」と事なかれ主義にしたいのです。これと全く同じことです。あなたがよりよくなろうとするなら、あなたの中に革命が起こる必要があります。それが起こらないかぎり、よくなることはできないからです。"

コリン・グリフィス 宝石のレメディーとチャクラ P195-6 より抜粋

この話を思いだしたのは、
わたしがしつこくハラッサー関連のテーマを追っているということもそうなのだけど、
今日遊びに行った弘法市でもらったチラシに、
こんな言葉が書いてあったので、これも引用しておく。


お大師さまのおことば

水は器(うつわ)に随って(したがって)方円(ほうえん)なり(付法伝第一)

水は入れ物によって、四角にも丸にもなります。置かれた場所にしたがうのです。
川の水も、石とけんかせずにひょいひょいと流れていきます。石が行く手をはばんでも、水は少しも怒りません。水の法から負けていくのです。
しかし最後には、石の方が丸められていきます。水が「負けて勝った」のです。

平成二十七年八月一日 東寺 No.57

天気予報では雨がちらつきそうだったけど、でかける頃には雨も上がり、
五重の塔を近くでみたのは、たぶん小学生くらいの遠足以来。

中に入ることができるのは、お正月の三が日だけで、
残念ながら今日は入れず。
外からみただけでも、そのたたずまいのバランスの美しさに、自然に気持ちが安らぐ。

お土産に両界曼陀羅図のレプリカを買ってきたのだが、
これってまさに、キネシス領域(胎蔵界)とエネルゲイア領域(金剛界)、
なのかな、と思ってみつめている。

細かなところは、手元の図版がぼやけていてよくわからないのだけど、
お寺には復元されたかなり細密に描かれているものが展示されていて、
小さな丸がひとつひとつ仏の顔になっていたのに驚愕しました。

この曼陀羅でメタファーとして示されているような、全ての感情をみんな
自分のものにすることができるならば、
きっとそのときには、支配被支配の世界へ加担することはなくなっているのだと思う。

そのことが、この東寺のお便りに書かれている水が「負けて勝った」という話かもしれないね。

2015年8月4日火曜日

本日の魔法の呪文 87


"周期表の本質は、科学が到達した曼陀羅である。これが、私が最後に贈りたい言葉です。
(略)
僧侶から、曼陀羅とは調和のとれた宇宙の有り様が描かれているという説明を受けました。曼陀羅では、仏の配置が横方向と縦方向の両面できれいに均整がとれています。その世界観が、周期表と見事なまでに共通していることに驚きました。ひょっとしたら、宇宙の真理を突き詰めていくと、最終的にはこうした姿になるのが必然なのかもしれません。"

元素周期表で世界はすべて読み解ける  吉田たかよし P208より抜粋


偶像崇拝はほんまにあかんねんな、ということをここ最近しみじみ思う。

遺伝の問題、性格の問題など、ロシアンルーレットかのように、運がわるければそうなるものだ、
と言われている領域の問題は、
単なる運ではなく、いままでのエネルゲイア領域とキネシス領域の齟齬がどれくらいたまったか、
ということのツケが綺麗にしっかりあらわれるだけのこと。

物質が化学変化を起こすとき、起こる前と起こった後で、綺麗に辻褄があうけれど、
まさにあんな感じで、キネシス領域とエネルゲイア領域の総和で世界を観るならば、
前も後もほんとうに辻褄があっている。

偶像崇拝は、この総和に関して、キネシス領域だけで辻褄を合わせてしまう行為。
そうしてるつもりがなくても、いつのまにかそうなっていることがある。