"最近はいろいろな文献が日本でも出版されるようになりましたが、それでも神秘学は概念としてまだ非常に不明確です。いわば生まれかかっている学問領域であるということができます。
ですから、そういうことに関わってしまうと、どうも人生の大通りを歩くことができなくなってしまって、自分で歩いている道が果たして確実な道なのか、それともとんでもない脇道なのではないのか、という疑問がどんな場合にもついてまわると思うんです。
回り道をしていろんなことをやることは、むしろ神秘学を志す者にとっては、かえっていちばんそれらしい道を歩いていることになるのかもしれません。
何がどこに通じているのか、なかなかわかりませんから。
予感とか憧れのような不確かな感情に導かれて歩かされることも多いのです。"
神秘学オデッセイ 精神史の解読 高橋厳+荒俣宏 P20より抜粋
この本は今わたしの大のお気に入りで、まだちょっとしか読めていないのだけど、
おもしろいなぁと思って適当に気に入ってRTしてきた画像とか、
エピソードとか、好きで断片を拾ってきた詩だとか、
そういったことが、別に誰かに教わってそれを拾ってきたわけじゃないのだけど、
神秘学というストーリーでとらえたらどまんなかだった、、、ということが、
この本で全部裏が取れます(笑)
シラーの第九の話も、神秘学の視点からみたらどまんなかだったのか、、、
わたしは先に、こういった「教科書」にあたらなくてつくづく良かったと思っている。
自分のアンテナにひっかかったものを自分で精査していく、この過程こそが学びの真の喜びだと思うから。
2015年9月19日土曜日
2015年8月29日土曜日
本日の魔法の呪文 107
"商品を売るための広告とともに発展した大量消費社会は、
やがて刺激喚起剤としてのシンボル自体を消費する段階に達するしかないのだ。
そしてシンボルが食いつくされたあとは消費社会の死滅が残るのみ。
だから、その流れを促進する機能を担わされた広告は、いってみれば黙示録の騎士、
あるいはトリックスターのごとき「予兆をもたらす者」の役割を演じざるを得ない。
ということはつまり、サブリミナル広告も含めたアド・クリエイターの仕事は、
アートでも娯楽でもなんでもなく、単に「死滅回游をすすめる企業活動」の一環なのである。"
99万年の叡智 荒俣宏 第三部 非理性のテクノロジー 広告の大いなる愛 P365より抜粋
荒俣宏のこの本は、他のテーマもかなりマニアックでとてもおもしろい。
一貫して描かれているからくりをひっくりかえして眺めてみると、
たとえば今回の引用部分の「予兆」にしても、
個人がビジョンをもてれば、予兆の役割は意味をなさなくなる。
外から無意味にもたらされるストーリーやシンボルに嫌気がさすところまで、
もう多くの人は到達しているのではないか。
最近ついったーで画像検索をするのがあまり楽しくないのだけど、
最近は、徹底的に自分の中から無駄な、偶像崇拝的なイメージを全部追い出している。
そうすることで、それでもまた生まれてくるエネルギー、自分由来のシンボリックな並行世界が
たちあらわれてくるのを、焦らず待ちたいと思ってる。
わけのわからん外からの偽物の刺激はもうほんとつまんない。
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