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2015年7月22日水曜日

本日の魔法の呪文 74


"続いて、フォーラムの数百人の参加者が一斉に話し始めたように見えた。
みんなが言い争っている二人の男性たちに向かって叫んでいた。
二つの視点、KKKとリベラルには、ひとつの共通点があった
-両者ともに「相手の話に耳を傾けるべきではない」と主張していた。"

アーノルド・ミンデル 監訳 富士見ユキオ 訳 青木聡 ディープ・デモクラシー P188 より抜粋

絶対にみないでいたい領域、
受け入れないでいる領域、
というものを固辞した状態での強烈な純度の高いパワーというものは、
まるで精白した食品が、
とりあえずカロリーだけは高いのと同じように、
力の掛かり具合にちょっと変化やずれが起こると、とても脆い。

8ハウス(蠍座や冥王星的)は、強烈なパワー、と言われるけれども、
この閉塞的な力は、単に100あるエネルギーを、
100ゆったり入る入れ物ではなく、
30しか入らない入れ物に無理矢理圧縮して押し込み、
その濃さで威圧する、そんな感じに近いかもしれない。

つまり、パワーの質があまりよろしくないのだ。

そういう、無理矢理加圧されることに慣れすぎてきたわたしたちは、
その加圧がふっとゆるんだあと、しばらく放心状態になる。

そこから、自分本来の、ゆるやかで自然な力がわきおこってくる様子を、
せかさずにあたたかく見守ることは、ほんとうに忍耐が必要。

2015年7月19日日曜日

本日の魔法の呪文 71



" 暴力を深く感じると、そのエッセンスを発見しない限り、
苦しみは消え去らないことが分かるだろう。
「私たちは単に復讐しているのではないことに気づいてください。
私たちは平等を追求しています。」 "

アーノルド・ミンデル 訳 青木聡  監訳 富士見ユキオ  ディープ・デモクラシー  
第10章 戦争の予防 P256  より抜粋


今日のお絵描き、横向きに描いて、横向きにアップロードするはずが、
この向きから変わりません(笑)
「8」に見えてしまうこの状態で感じろ、ということのようです。

わたしたちは安穏とした世界に生きたいという理由で、
やっかいなエネルギーをすっぱりシャットアウトする。切り捨てる。みないふりをする。

けれど、その切り捨てたことで余計に、自分の中に不安や緊張が渦巻く。

その切り捨てたものをちゃんと拾い上げ、
一体何を訴えているのか、
に向き合って葛藤を引き受けたなら、
その後に深いほんとうの意味での平等と平穏がやってくる。

「自分とは関係ない」が全ての暴力のはじまり。

2015年7月8日水曜日

本日の魔法の呪文 60



"対話や微細な感情の変化は儲けを生み出さない。
善と悪に二極化することは、微細な自覚よりも単純明快だ。
しかし、計ることのできない重要な変化は、プロセスの中でゆっくりと(ときに迅速に)起きる。"

ディープ・デモクラシー アーノルド・ミンデル 監訳 富士見ユキオ 訳 青木聡 P212 より抜粋


今日はなんだか適当に描いているうちによくわからない花になりましたが、
家の外では紫陽花が相変わらず綺麗に咲いていて、
それと同時に最初に咲き始めた花達が、
だんだん茶褐色に色褪せはじめています。

紫陽花は、花びらが散らず、
色が抜けていき、形だけがそのまま残るので、
なんというか、「形骸化」な印象を強く感じてしまうのはわたしだけだろうか。

友人から、
太陽系より遠いところの星々は、実はエネルギー体みたいなもので、
物体としては存在しておらず、
よく新しい星を発見する人がいるけれど、
あれは自分の想念で新しい星を生み出して、自分で発見しているってこと、
という話を教えてもらった。

わたしが大事にしていることはたぶん、
この新しい星を生み出す事、みたいなものかもしれない。

けれど、地球で命を持って生きている以上、
もっと重力による加圧が必要なのだろうな。

加圧された一番極端な例がパワーストーンや貴金属達だと思うけれども、
そこまでいかなくても、エネルギーからスタートした状態できちんと物質化する。

このことはわたしの一生のテーマとなっている気がします。

2015年7月6日月曜日

本日の魔法の呪文 58



" この世界には予期されないことや、
信じ難いことが存在している。
それでこそ、生が全体性を持つ。
私にとっては、世界は最初から無限に広く、把握し難いものであった"

 シャーマンズボディ  分身を育てる P192より 
※この箇所はユング自伝より抜粋


お祭りにおける、
仰々しい神々しさ、おどろおどろしさ、というものは、
わたしにとってfunnyでしかない。
デフォルメされすぎだろう、という。

けれど多くの人は安穏と、
へへーん、
となめきった状態で生きられると思い込んでいるし、
実際そうなのだ。
そういう人達にとって、
ほんとはそうじゃない、
ということを知らせるために、
あの仰々しいお祭りが必要になるのかなと思う。

この「見せてみろよ」的仰々しさが不要になる世界に生きたい。
というか、わたしは既にそういうつもりで生きているけれど。
多くの人にこの感覚が理解されなくて当然。
自分の最大の理解者は自分。

2015年7月4日土曜日

本日の魔法の呪文 56


"裁き手たちは、あなたがあなたでいる限り文句を言い続けるだろう。
物事がいつも通りに進まないからだ。
なぜ、おまえは普通の道を行かないのか?
みんなと一緒に定められた道を行けばよいではないか?
なぜ、おまえはみんなが真剣なときにほほ笑み、
みんなが気にもとめないことに真剣になるのか?

(略)

盟友に従っても、
グループの理解を得られるわけではなく、
長寿を授かるわけでもない。
知者への道は強制されたものであり、
その過程で名状し難い力に会い続けることになる。
心のある道は、人生に意味を感じさせるが、恐ろしさを伴う。
心のある道を行くことで、早死にすることさえある。"

シャーマンズボディ 第2部 都市の中で夢を見る 
アーノルド・ミンデル  青木聡訳  藤見幸雄監訳・解説 P264  より抜粋


おさるのジョージは知りたがり屋のお猿さんですが、
知りたがり屋もつきつめるとこういうことになります(笑)

ここにまで足を突っ込んでしまった人はしょうがないです。戻れません。。。


そのかわり、まあ毎日の生活がアマゾンのジャングルを旅することに
ほとんど匹敵しているかもしれない。 

ミンデルは、シャーマンが山を降りてきたらどうなるか、
というひとつの実践例を示してくれているように思います。
わたしの友人にもそんな人がいますが、
どこにかかわっても必ず嫌がられ煙たがられるのは間違いないので、
それを引き受けながら、楽しく生きるのみなのです。

ほんとうにそこらへんの人に埋もれた肩書で生きることが、
かえって一番自由だったりする。

そういうわけで、もう随分前から他人のことを肩書で判断していませんが、
わたし自身も、自分に対し、掲げている看板で裁くようなことはしないで生きようと思う。

2015年6月25日木曜日

本日の魔法の呪文 47



"おそらくハタ・ヨーガは、
こうした動作についての瞑想から発展したのではないかと思われます。
非常に小さな動作について瞑想し、
それを増幅すると、
しばしば現在ハタ・ヨーガとして知られている
元型的な姿勢に似た姿勢に導かれていきます。
小さな動きに気づき、増幅し、
そしてそれに従うことによって、
私たちはヨーガについて勉強することなしにヨーガを実践することができるのです。"

アーノルド&エイミー・ミンデル 藤見幸雄+青木聡 訳  
うしろ向きに馬に乗る P112 より抜粋


菜食歴が長い人ほど、寝ているときに寝返りをうつときですら、
無意識で行えなくなってくる。
眠っていてもどこか必ず起きていて、寝返りをうったという記憶が必ずあるのだ。

赤ちゃんのときの息子の様子をみていたときもわかりやすかったが、
食べたものによってこの寝返りの様子がほんとうに異なる。

食べすぎたり、タンパクが強い食事をしたときは、ほんとうに転げ回るのだ。
それこそ、どこかにいってしまっていない!と思ったら足元に頭と足が反転して寝ていた、
みたいなことになる。

そうでないときは、添い寝していてもちっとも邪魔にならないのだ。

(まあ、このことと、粉ミルクを大量に飲ませ、
ぐったり昏睡状態のように寝込んでいる様子について、
よく寝るから手がかからなくてお利口ね、という話は異なる、
ということをつけ加えておく)

多くの人は、自分のからだが自分のものでないかのように、
勝手に動いてしまうことに慣れきってしまっており、
ヨガの大げさに誇張した動きは、
そういった人が自覚を取り戻すために有効だから流行るのだと思う。


けれど、無意識な動きができない状態に達している人にとって、
大げさに誇張した動きはかえって害になる。

肉をたくさん食べている人にとって、
豆や豆腐料理がかろやかに感じられても、
穀物菜食をベースにしている人にとって、豆は重い。

2015年5月22日金曜日

本日の魔法の呪文 13



"繰り返すが、あなたへのアドバイスは相手を信じないこと。
少なくとも今だけは。
自分の体験と知覚を信じること。
攻撃的な相手はあなたと世界を傷つけているかもしれないが、
そうした相手は文明が始まって以来、
光を求めてきた葛藤の核である。
尊敬の念をもってプロセスするなら、
その葛藤とその無意識は、
あなたに自身の未知の部分について教えてくれるだけでなく、
あなたの周りの世界が関係性と葛藤全般について学んでいくようにもなるだろう。"

人間関係にあらわれる未知なるもの アーノルド・ミンデル より

今日はものすごく久しぶりに家の模様替えをやっていました。
好きな布なのにしまいこんでいたものをひっぱりだし、
たまっていた埃をはらい、窓を開けて、
あら、こんなに気持ちがいい部屋だっけ、とびっくりしました。


それにしても、慣れないことや普段やらないことに手をかけたとき、
脳内で「そんなことやってていいの?」という声ががんがん聞こえます。


その脅すような声を無視していると、
反対に優しくてあたたかい声が、小さなボリュームだけど、
ちらちらと聞こえるようになってきました。

今日も自分なりにベストを尽くせた、と思えるなら、
今日の分のストーリーはちゃんと進んだってことです。
ゆっくりする時間をもとうっと。