2015年6月9日火曜日
本日の魔法の呪文 31
"私は一方で感覚的経験の全体をみ、
他方で、本に記されている概念や命題の全体をみる。
(略) 概念と命題とは感覚的経験との関係を通してのみ
"意味"すなわち"内容"を獲得する。
後者の前者に対する関係は純粋に直観的なものであり、
それ自身は論理的な性格のものではない。
この関係すなわち直観的結合がもちうる確かさの度合いが
まさにまったくの夢想から科学的な"真実"を区別する。"
アルバート・アインシュタイン 自伝ノート より抜粋
そうなのです。
本や他人から借りてきた概念は、
自分の感覚で確かめない限り自分のものにはならない。
そういう意味で、まだ何も知らず無知なままの方が救われる、とよく言われますよね。。
知ってしまったことは、感覚と連動して自分のものにしていかないと。
概念や命題と、自分の感覚が日々認識しているものに大きなずれがある限り、
それは常にわたしを脅かし続ける。
2015年6月8日月曜日
本日の魔法の呪文 30
"もしある人がよく整理された思考を好むのであれば、
彼の性質のその面がその他の面を犠牲にしていちじるしく成長し、
その人の精神をだんだんに支配するようになるということはまったくありうることである。
このような人が回想すると、
すべてが一様に系統的に展開したように回顧するが、
実際の経験は万華鏡におかれたようなばらばらの状況のなかで起こった
ということはきわめてありうることである。
外的状況の多様性と、
瞬時的に自覚できることのせまさとはどの人間の生涯にもある種の原子化をもたらす。"
アインシュタイン 自伝ノート 中村誠太郎 五十嵐正敬訳 より
息子に、カードゲームで使うというビーズみたいなものを買ってくれとせがまれて、
お店にいって、値段をきいてびっくりした。
30粒くらい、直径7ミリくらいのもので400円もするのだ。
100円ショップに行けばもっと安くていっぱい入ってるのがあるのになぁ、、
とわたしは半分納得が行かずしぶしぶ買ったのだが、
帰宅してみせてもらうと、プラスチックではなくガラスでできていて、
しかも模様や形がかなり精巧に刻まれていて綺麗だということに気付いた。
自分だって、コーヒー1杯飲むのに400円くらい使うこともあるのだ。
わたしにとって店で飲むコーヒーは、
飲み物というより、空間ごと買っているようなもので、
この時間がないとほんとうに嫌な人になるから、
わたしの中では必需品扱いになっている。
他のものを節約してもコーヒーは飲むことにしている。
それと、彼にとってのビーズと何が違うのかと。
気にかけなきゃいけないポイントはそこよりもむしろ、
そのときにほんとうに自分にとって必然性があるものなのかどうか、
ということなのだ。
一般的に見てそれが無駄なものなのか、贅沢なのかということより、
今の自分のストーリーとちゃんと共振してるのか。
そういうことを毎日常に自分に問い続ける。この積み重ね。
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