2015年8月3日月曜日

本日の魔法の呪文 86


" リンダの物語『ある奴隷少女に起こった出来事』は、
米国の白人、黒人双方にとって、複雑な感情を抱かせる。
白人が悪人、黒人が善人という二項対立での記述はなされていない。
善き白人で、黒人に対して同情的であっても、
経済的に困窮すると黒人奴隷を平気で売り渡す。
奴隷から解放された自由黒人でも、白人に過剰同化し、逃亡奴隷狩りの尖兵となる。
構造化された差別は、白人、黒人の双方を疎外し不幸にする。
本書を読むことによって、米国人は良心を刺激される。
そして、あのような米国と訣別し、新しい国をつくらなくてはならないと決意するのだ。
ここに米国の強さがある。"

ある奴隷少女に起こった出来事 ハリエット・アン・ジェイコブズ 堀越ゆき 訳
佐藤 優による解説 P309より抜粋


この話は、フィクションではなくノンフィクションである。
平易でわかりやすい訳が素晴らしく、
訳者さんが自分や、日本の多くの女性がおかれている立場から考えて、
他人事と思えず、訳さずにはいられなかった、と後書きで書いてらっしゃったが、
竹取物語のアメリカ版、的な実話だと思って読んだ。

主人公であるリンダが一貫して大事にしていることと、
かぐや姫が大事にしていることは同じ。

そして、この両者が大事にしていることを、日常を生きるわたしたちが実践することは、
極端な境遇に置かれたかぐや姫やリンダと違い、
一見平穏な世界に生きているように思える(思いたい)わたしたちにとっても
困難さは変わらないか、あるいはそれ以上に強いものだとわたしは感じている。

世の中のいじめや意地悪や凄惨な事件というものは、
この大事なポイントをぶんなげた人々が、ぶんなげていない人々が憎らしくてたまらなくて、
嫉妬にかられて暴れ回っているだけ、とも言えるとわたしは思っている。

そこだけは思いださないように生きているのに、
ぶんなげていない人を見るとどうしても思いだしてしまうのだ。


白人や黒人の二項対立が愚かだと、神学者であり、
自らも収監された体験を持つ佐藤さんが指摘しているけれども、
どんなものでさえ偶像崇拝になりうるように、
誰もが加害者・被害者双方になりうる、パワーゲームの中に生きていることに、
もっとシビアにならないと、といつも思う。

ミゲルの四つの約束に、プラスもうひとつ加えられた約束の内容がまさに、
疑うということの大切さだった。

疑うのは外部に対してではなく、自分が、今、どういう気持ちに根ざして、世界とかかわっているのか。それによって、同じ行為は簡単に黒魔術にも白魔術にもなる。
その鍵を握るのは自分。

どうしようもない状況に生きながらも、その中でやれることというものは常にあって、
そのことを放り投げてしまったらほんとうに終わり。

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