2015年6月19日金曜日

本日の魔法の呪文 41


"そもそも「霊」に関わることは、
ギャンブルのように不安定な側面が強いのです。
しかし、ある時期から、
これを安定したシステムに変えてしまおうとする人たちが出てきました。
たとえば、中国の四柱推命などが典型的なのですが、
占いをシステマティックに合理化してしまおうとしたんですね。
ですから、いま流行の占星術などの占いは、
霊の意思を聞くという行為の、合理化の果てと言っていい。"

三位一体モデルTRINITY  中沢新一  P49より抜粋


合理化の果て。

合理化するときに、そこからこぼれおちるものについて理解したければ、
自分が一度何かを合理化してみるとよくわかります。
他人(専門家)が合理化してくれた結果、を消費者として買う側でいる限り、
いったい何が失われているのかに気づけません。

「合理化」を代わりにやってあげよう、ということが、
世の中の消費システム、サービスの核になっています。

合理化を代わりにやってもらった故、そのブラックボックスに対する不安は消えず、
それを埋めるために稼ぎ、また買わなければなりません。

学びとは本来、自分で混沌としたものを整然ととらえること。
自分で世界を自分流に合理化することが学び。
だから、本来、経済至上主義と教育は水と油なのだ。

本の巻末についていた対談の中でも指摘されていたが、
そこにうまく入り込んでやっているのが
予備校のような形態。

見た目が美しいオルタナティブ教育もみんなそうだ。
うちの近くの美味しいベジ料理の店も、本体は塾で、
塾の生徒の食をその料理店が担うというすごい経営システムになっている。

確かにこの三位一体の循環がとどこおりなくなる、という意味で、
こういった形に加担することはそれでひとつの在り方だろう。

「父」の役割をとりもどせば、この循環がまた機能するようになって
日本はよくなるだろう、というのが今の政治の流れだろう。

けれど、今のわたしにとって、
この三位一体モデルは「ごっこ遊び」にしか思えない。

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