"大体、私たちの人生は
自分の足りない何かを求めて
どこまでもころがっていくという物語とはかなり様子の違ったものである。
そういうことをある時期に卒業して大人になるのが普通の人間なので、
いつまでも自分のmissing piece を追いつづける、
というよりその何かが「ない」という観念をもちつづけることが
生きることのすべてであるような人間は
芸術家であったり駄目な人間であったりして、
とにかく特殊な人間に限られる。
ところがそんなことを承知の上で、
無事に、あるいは苦労して生きてきた人間がある程度年を取った時に気づくもの、
実はこの自分の欠けて足りない何かである。"
ぼくを探しに シルヴァスタイン作 倉橋由美子による後書きより抜粋
この本の初版は1977年。
2015年の今のわたしの感覚としては、最早、
老いるまでこのmissing piece のことをみないふりをして
生き続けることができる人はかなり少ないのではないか、と思ってしまう。
みないふりをして得られるものがあるうちはそれで行ける。
得られるものがない人達はどんどん気づいてしまう。
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